![]() |
|
今年(2019年)の7月8日、金日成主席が逝去されて25周年を迎えました。
金日成主席はいまもなお、世界の人民の心のなかに生きつづけています。
金日成主席逝去25周年にさいして、世界各地のチュチェ思想研究者や進歩的人士は、金日成主席が人類史に残した業績について言及し、自己の生活とたたかいに活かしていく決意を新たにしています。
日本においては、7月13日から14日にかけて、
集いのはじめに、
「
14日は、「チュチェ偉業に関する講演会」が開催され、朝鮮大学校学長の韓東成氏が講演しました。
講演後、全国各地から集まったチュチェ思想研究者は、網走にあるチュチェ思想国際研究所初代理事長の歌碑を訪ねました。
「チュチェ偉業は燎原の火のように世界に拡がり勝利する」は、
朝鮮民主主義人民共和国を創建し、民衆中心のチュチェの社会主義として強化発展させました。いま
1970年代初め、日本と世界の正しい進路を求めていた青年学生は、もっとも苦労している人々のなかにはいっていこうと、ハンセン病療養所の栗生楽泉園を訪ね、そこで二重、三重の差別をうけて困難な生活を強いられていた在日朝鮮人の黄那さんや金夏日さんたちと交流するなかで、南だけではなく、北の朝鮮民主主義人民共和国についても正しく知る必要があることを知りました。
わたしたちは地方の総聯本部を訪ね、そこで渡された『
1975年、
「一点の火花が燎原の火となるように、チュチェ思想の火はいまは小さくても、チュチェ思想は正しいのだから、まもなく大きな炎となって燃え上がるでしょう。わたしもこの偉大な事業をいま始めたばかりですが、この誇らしい道のりをともに歩みましょう。こんご多くの困難があっても、たたかいは必ず勝利します」
青年たちは、全国に移り住みながら、チュチェ思想を深く学習し、広範な人々のあいだに宣伝普及する活動を積極的におしすすめました。そして、1977年3月に、青年チュチェ思想研究会の全国組織化をなし遂げました。
青年たちはチュチェ思想を深く理解し広めるために出版活動を重要視し、白峰社を設立しました。諏訪政博さんは白峰社に入社して以来、亡くなるまで一貫して活動をおこなってきました。わたしたちは諏訪さんを忘れないために網走の地に謄写版をもっているモニュメント「第一歩」を作りました。
在日朝鮮人の金裕さんも忘れることのできない人です。金裕さんは、チュチェ思想を学習する施設である伊豆青年センターの建設や白峰社の設立などにさいして、わたしたちの活動を積極的に助けてくれました。わたしたちは金裕さんと強い絆を結びました。金裕さんは若くして亡くなりましたが、その心はわたしたちの心のなかで生き続けています。
そして、
チュチェ思想を学ぶ人たちは、日本のなかでもっとも苦労している人たちのために活動しなくてはならないと考え、医療施設、保育所や高齢者介護施設を作り運営してきました。
世界におけるチュチェ思想研究活動は、1975年にペルーの首都リマで大陸規模のはじめてのチュチェ思想科学討論会がおこなわれ、1976年9月には、マダガスカルで、ディディエ・ラティラカ大統領の参加のもと、チュチェ思想国際討論会がおこなわれました。
1978年4月9日、東京でチュチェ思想国際研究所が創立されました。チュチェ思想国際研究所初代理事長の重責を担ったのは、著名な国際法学者で原水爆禁止運動の先頭に立ってたたかった安井郁教授でした。
安井郁教授は、自分が癌で余命わずかだということを知り、日朝社会科学者連帯委員会の活動から退き、
安井郁教授は、
チュチェ思想国際研究所の理事長は、安井郁教授につづき、オーストリアの国際法学者であるハンス・クレカツキー教授、立教大学の井上周八教授、インドのジャーナリストのビシュワナス博士が務め、現在はメキシコの学者で国会議員も歴任した、ラモン・ヒメネス・ロペス教授が務めています。
今年2月には、メキシコの下院会館でチュチェ思想全国セミナーがおこなわれ、450名が参加しました。メキシコのチュチェ思想研究者は大衆のなかに入って人民に献身するMORENA(国家再生運動)のなかで積極的に活動し、多くの青年や女性たちが国会議員を担うなど、チュチェ思想を活かすために努力しています。
今年の6月29日に、モンゴルのウランバートルで、アジア・チュチェ思想想研究所の理事会会議とセミナーがおこなわれました。
わたしは、これまでに国際
いま世界の政治の流れを
集いでは、参加者の交流がおこなわれました。
朝鮮大学校の韓東成学長がはじめに、
次に在日本朝鮮人総聯合会北海道本部の丁聖漢委員長が来賓あいさつを述べました。
つづいてモンゴル、中国、ブルガリアからの参加者から、それぞれの民族の歌や詩が披露されました。またアイヌ民族によるムックリの演奏や、沖縄民謡や朝鮮歌謡も披露されました。
アイヌ民族の石井ポンペ氏は演奏に先立ち、
集い最後には、沖縄、静岡、長野など、参加者からの発言がありました。
モンゴルから日本に留学しているスフバートル・モロム氏は、日本においてチュチェ思想研究普及活動がどのように始まり広がっていったのかを知れてよかった、また、国際的にもチュチェ思想が認められていることを知り、大変うれしく思う、自国と世界の自主化のためにチュチェ思想を深く学んでいきたいと抱負を語りました。
「
チュチェ偉業に関する講演会
7月14日、網走市で開かれた「チュチェ偉業に関する講演会」には、全国各地のチュチェ思想研究者が参加しました。
チュチェ思想国際研究所理事である朝鮮大学校の韓東成学長が「朝鮮半島の自主化とチュチェ思想」と題して講演しました。講演は「朝米板門店対面と世界の自主化理論」「チュチェ思想と朝鮮における具現」の2つの内容で構成されていました。
「
いま、朝鮮ならびに、チュチェ思想の国際的な影響力がかつてなく高まっています。板門店で第3回朝米首脳会談がおこなわれましたが、朝鮮半島の自主化のための大きなきっかけをつくったと思います。
ハノイ会談のあと
朝鮮は今回、憲法を改正し、
「すべてを人民のために、すべてを人民大衆に依拠して!」のスローガンには、全党に人民にたいする愛と信頼の精神が満ちあふれるようにしようとする党の意思が込められています。また「人民大衆にたいする滅私奉仕は、朝鮮労働党の存在方式であり不敗の力の源泉である」と強調しています。
学長はまた、
講演後、会場からの発言がありました。
また、ブルガリアからきて日本の大学で学んでいる留学生が、ブルガリアの歴史について紹介しました。
講演会は、
安井郁初代理事長の歌碑を訪ねる
14日午後は、全国各地から参加したチュチェ思想研究者が、チュチェ思想国際研究所初代理事長である安井郁教授の歌碑を訪れました。
アイヌ民族の石井ポンぺ氏らが、アイヌの伝統的儀式である、イチャルバ(供養)をおこないました。
参加者たちは、世界の平和と自主化の実現のためにチュチェ思想を研究普及する事業を後代に託した安井郁教授の志を受け継ぎ、いっそう活動を積極的におしすすめていく決意をかためました。