金正恩総書記の誕生を祝賀し
チュチェ思想全国セミナーとシンポジウムが
沖縄で開催される
「自主と平和のためのチュチェ思想全国セミナー」
「自主と平和のためのチュチェ思想全国セミナー」が金日成・金正日主義研究全国連絡会の主催のもと、2024年1月6日、那覇市で開催されました。
全国セミナーならびに芸術公演には、尾上健一・チュチェ思想国際研究所事務局長や地元の学者、民主人士、労働者、学生の他に、北海道をはじめ、日本の各地からチュチェ思想研究者が延べ260名余参加しました。在日パレスチナ人の参加もありました。
全国セミナーで配布されたパンフレットには、年初に起きた能登半島地震災害にさいして、金正恩朝鮮民主主義人民共和国国務委員長が、日本の総理大臣に送った見舞い電が紹介されました。
また、チュチェ思想国際研究所理事長のラモン・ヒメネス・ロペス氏からの新年の挨拶が掲載されました。そして、ヨーロッパ・チュチェ思想研究学会書記長のマッテオ・カルボネリ氏やアジア・チュチェ思想研究所理事長のハリシュ・グプタ氏から能登半島地震災害にさいしての見舞いのメッセージが寄せられました。
さらに、レバノン・チュチェ思想研究会会長のサミール・ディアブ博士がセミナーに寄せた連帯のメッセージがパンフレットに掲載されました。
全国セミナーには、金日成・金正日主義研究全国連絡会代表世話人の住谷圭造氏が福島から参加し、主催者挨拶をおこないました。
住谷氏は、地震が多発する日本のなかで、2011年の東日本大地震で原発事故をおこした福島では、とりわけ原発を推進する政策と利権を追求する財界に反対してたたかってきた、しかし、事故から13年が経ったいまも核燃料デブリ除去作業がまったくできておらず、問題が何ら解決されていないと述べながら、基地問題の最前線でたたかっている沖縄におけるこの度のセミナーは意義が大きいと述べました。
全国セミナーでは、沖縄大学の平良研一名誉教授が「沖縄基地問題とチュチェ思想について」と題して、朝鮮大学校のパクミョン教授が「チュチェ思想に基づく社会主義・共産主義建設の現在地」と題して、弁護士の儀保唯氏が「日朝友好と沖縄のたたかい」と題して講演しました。
平良教授は、米国の覇権主義戦略のなかで激しい沖縄戦がたたかわれた、日本は米国との地位協定のもと米国に従属しており、沖縄はその矛盾の縮図であると述べました。
さらに、戦争が物資の略奪を目的とするだけでなく、帝国主義は戦争を他国を支配する道具として使っている、過去の戦争の本質を究明し、現状を正しくとらえることが重要であると強調しました。そして、戦争のない平和な世界をきずいていく展望について、つぎのように語りました。
“平和で活力のある社会をつくっていくのは、民衆の意識、思想性にかかっています。お互いが信頼し、助け合い、向上していく関係性のもとに、意識性、創造性を育み、発展させていくこと、それによって国が富み、さらにそれが大衆に等しく還元されるという循環の力学があるのが民衆を第一とする社会であり、チュチェ思想によって創出された真の平等で民主主義の社会です”
パクミョン教授は、朝鮮における共産主義をめざすたたかいの萌芽が金日成主席の思想にあったと述べながら、朝鮮ではチュチェ思想にもとづく社会主義・共産主義建設理論が、金正恩総書記が指導するこんにちにいたってさらに発展豊富化されたことについて展開し、次のように述べました。
社会主義建設偉業が、社会主義政権の樹立に始まり、資本主義から社会主義への過渡期を経て、社会主義完全勝利が成し遂げられ、完全に勝利した社会主義社会がより強固に発展し共産主義の高い段階へと移行する歴史的過程を経ます。
そして、各部門、各単位、各地域が三大革命化されれば、それはすなわちわれわれが達成しようとする社会主義の全面的発展であり、自立、自尊によって繁栄する社会主義強国、人民の理想社会です。
共産主義は決して物質的な豊かさを共有する福利の大きさだけによって決まるのではありません。社会にどれほど情と愛と徳があふれているのか、人々がどれほど仲睦まじく暮らしているのか、人々の道徳的水準がどれほど高い境地にいたっているのかという表徴が、理想社会の主たる内容をなします。
パクミョン教授は、社会主義・共産主義建設理論の基礎となるチュチェ思想の諸原理について、人間の本性が集団主義であること、チュチェ思想の社会歴史観についても解説した後、朝鮮の社会主義・共産主義の現在地を示すものとして、12月におこなわれた母親大会で、「共産主義オモニ」ということばが初めて使われたことについて言及しました。
儀保氏は、沖縄で生まれ育った自分が弁護士になった原点には、強まっていく沖縄の基地化に断固とたたかっていった親たちの姿があったと語りました。
また、朝鮮に偏見の強い日本の社会で、なぜ訪朝し、自分の目で朝鮮の姿を見てこようと思ったかを振り返ると、そこには、在日朝鮮人の友人がこよなく愛する祖国について知りたいという動機があったと述べました。
朝鮮では、当然のことながら作物が豊かに実り、それを享受する人々の平穏な日常があるが、訪朝する前はそういったことすら想像できなかった、その一方で、板門店では、韓国の国旗ではなく、米国の国旗がたなびいているのを見た、そのことをまったく想像できなかったと、歴史認識の甘さに自戒の念をもったと述べました。儀保氏は、沖縄出身者である自身のアイデンティティを堅持しつつ、日朝友好運動に献身していきたいと抱負を語りました。
閉会の挨拶を沖縄県教職員組合元委員長の石川元平氏がおこない、自身の半生をふりかえりながら、つぎのように述べました。
自分自身が沖縄からの最初の訪朝者であり、沖縄には2000年に、当時の大田知事と一緒に多くの人が訪朝した歴史がある、訪朝を通じて、朝鮮戦争で100年は立ちあがれないだろうと言われていた朝鮮の発展ぶりを自分の目で見てきた、また、沖縄の本土復帰闘争を担ってきたものとして、米軍の基地化が進むいまの沖縄を子どもや孫たちに譲り渡せないと述べながら、今後も日朝友好活動に献身していく決意を表明しました。
新春芸術公演
講演のあとには、「新春芸術公演」がおこなわれました。
最初に沖縄のデュオグループ「ティーダ」が、多くの人に親しまれている沖縄の民謡や歌謡曲を歌いました。のびやかな歌声と語りで会場が温かな雰囲気につつまれました。
続いて八重山舞踊が披露されました。
沖縄八重山の庶民の生活を描いた八重山舞踊に、会場が和みました。
最後に歌手の遠山洋子氏が、自身の持ち歌と日本の歌謡曲を披露しました。
遠山氏は、自身が日朝友好活動に献身するきっかけ与えてくれた恩師、日朝音楽芸術交流会初代会長の小笠原美都子氏を偲びまた感謝の気持ちを込めて、小笠原氏の持ち歌を披露しました。
また、チュチェ思想国際研究所初代理事長の安井郁教授が、生前残された短歌「一生(ひとよ)かけて抱きつづけしこの夢を わが若きらに 託し目(ま)守(も)らむ」に曲をつけた歌を披露しました。
遠山氏は、人々のあいだで長く歌われてきた歌謡曲を、心をこめて歌うとともに、語りのなかに、困難ななかで活動をしている人たちへのエールと、新しい年をともに進んでいく決意を込めました。
「帝国主義の侵略に反対し
パレスチナ人民と連帯するシンポジウム」
2024年1月7日、21世紀自主フォーラム主催による、「帝国主義の侵略に反対しパレスチナ人民と連帯するシンポジウム」が那覇市で開催されました。
シンポジウムと芸術公演には、沖縄選出の参議院議員、学者、環境問題活動家はじめ、全国から多数が参加しました。
主催者を代表して、開会宣言が、沖縄大学名誉教授の仲村芳信氏によっておこなわれました。
仲村教授は、沖縄の米軍基地化になぜ一貫して反対してきたかについて、つぎのように述べました。
1970年、沖縄の祖国復帰運動が高揚し、ベトナム反戦運動が高まりを見せていた当時、日本はすでに1960年に米国と、安全保障条約並びに地位協定を結んでいた、そのため、沖縄が復帰したら、沖縄の米軍基地化がいっそう促進されるだろうと予測していた。現実は、その予測どおりに進んでいる、沖縄における米軍基地化が促進されればされるほど、沖縄が標的にされていく度合が高まっていく、核戦争の時代に戦争に巻き込まれるのではなく、平和で持続可能な社会で生きていきたい、そう思って運動をつづけてきた。
また、プログラムには、ドキュメンタリー映画「WARmerica の運命」の上映、在日パレスチナ人の講演やアイヌ民族のアピール、沖縄の音楽家による芸術公演が盛り込まれているので、シンポジウムはよい集まりになるだろうと確信するとし、開会を宣言しました。
沖縄選出の国会議員である、高良鉄美氏が来賓の挨拶をおこないました。
高良氏は、いま日本国憲法の柱である、基本的人権、主権在民、平和がないがしろにされており、日本はいままた戦争をする国になりつつある、わたしたちは他国を植民地化し、他民族の言葉も奪ってきた日本の過去の歴史を注視すべきであり、沖縄戦を経験してきた沖縄の人々は、自己の経験からしても、自主権、生存権のためにたたかう人々と連帯していかなければならないと強調しました。
シンポジウムでは、はじめに、朝鮮戦争停戦70年にさいして韓国で制作されたドキュメンタリー映画「WARmericaの運命」が上映されました。
この映画は、米国が、アメリカ大陸に渡った入植者が先住民族を虐殺し、土地を奪うことによってつくられた国であることを史実にもとづいて描いています。また、朝鮮戦争、アフガニスタン戦争、ウクライナでの代理戦争はじめ、米帝国主義が世界各地で侵略戦争と代理戦争を繰り返してきたことを描いています。そしていま、世界各地での民衆の闘争と多極化の流れにより、米帝国主義の覇権が急速に崩壊していく現実も描かれています。
シンポジウムでは、在日パレスチナ人のタスニム・カコラ博士が「自主権と生存権のために闘うパレスチナ人民」と題して講演しました。
タスニム・カコラ氏は、パレスチナ人民が、イスラエルによって代々住んできた土地を追われ、あるいは大量虐殺されてきた75年におよぶ史実について、画像と動画を使って解説しました。またとりわけ、昨年の10月7日からガザ地区とヨルダン川西岸地区に、イスラエルによる空爆が開始されて以降、パレスチナ人民が被っている惨状について具体的に示しました。
そして、パレスチナ人民の惨状は、先住民族を抹殺しようとするシオニズムにもとづくイスラエル政府の政策にあり、また、イスラエルに大量の武器を送ることによって直接ささえてきた米国とその追随諸国によってもたらされたものであると述べました。
パレスチナ人民にたいするイスラエルの攻撃は、ガザ地区やヨルダン川西岸地区の両方でおこなわれているが、周囲を壁ではりめぐらされたガザ地区は、食料、水、電気などの資源がすべてイスラエルによって管理されている天井のない監獄であると訴えました。
しかし、パレスチナ人民は、自己の自主権、生存権を回復するまで、断固とたたかっていくであろうと決意を表明しました。
つづいて、アイヌ民族会議呼びかけ人の成田得平氏が、「アイヌ民族の訴え」として発言し、つぎのように述べました。
“わたしはアイヌ民族の立場からパレスチナ人民のたたかいを強く支持し、連帯を表明します。ガザの人々の重大な危機に心が痛み、とりわけ子どもと女性の多大な犠牲に怒りと悲しみをおぼえます。イスラエルによる悪辣非道な軍事侵略を強く非難し抗議します。無差別な殺戮と際限ない破壊行為は『天に唾する赦しがたい行為である』と断言します”
シンポジウムでは、参加者一同による決議文が採択されました。
閉会の挨拶が21世紀自主フォーラム世話人の川越敏良氏によっておこなわれました。
川越氏は、1月6日、7日の2日間に渡っておこなわれたセミナーとシンポジウムは、自主性を堅持し、主体性を確立することがいかに大切であるかを示すものでしたと述べ、2日間学び受けとめたことを、自分の職場、自分の地域の活動で活かしてほしいと呼びかけました。
芸術公演
シンポジウムのプログラムの最後は、芸術公演でした。
芸術公演は、「沖縄と世界の自主・平和を歌う」と題して、アーティストグループ「喜納昌吉&吟乎」がおこないました。
2人の絶妙なかけあいのなかで、「基地のない島」「花~すべての人の心に花を~」をはじめ、大評判となった歌が歌われ、会場は温かな雰囲気につつまれました。
語りでは、沖縄戦を経験し、米軍基地占領下の生活を体験した沖縄から、アジアをはじめ、世界の平和を訴えていこうと、熱くアピールしました。
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2024年の年明けに、金正恩総書記の誕生を祝賀して沖縄で開催されたチュチェ思想全国セミナーとシンポジウムは、世界の自主化と平和を促進するために、自主性を志向する人々が心を一つにし、連帯する契機となりました。